2006年
12/27水

F1誌を立ち読みへ。
途中の神社の塀の側で猫が日向ぼっこして居る。
間近を車が通るのに動かないで居る。

立ち読み。誌面での童夢のエンジニアの話では、
F1マシンでは、フロントのDF(ダウンフォース)を増すと、車体がシーソーしてリヤのDFが減るが、
しかしリヤのDFを増しても、空気抵抗は増すがフロントのDFは特に減らないとの事。
知らなかった。何故だろう? 後輪車軸より上方や後方に空気抵抗になる物が有れば、
やはり車体がシーソーしてフロントのDFが減少すると思うのだが…? 何故?
推測するに、フロントのDF発生はフロントウイングだけに頼っており、
一方でリヤのDF発生はリヤウイングだけでなく車体底面が大きく寄与している。
車体底面でのDF発生はシーソーを起こさない為、それでリヤよりフロントはシーソーが顕著なのだろうか。

帰り道、神社の塀に未だあの猫が居る。1時間半は経っているのに、これはおかしい。
自転車を停め、猫へゆっくり近寄って行くと、弱々しく足元へすがって来る。
かなり弱っている状態だ。たぶん年老いている。
急いで自宅に余ってある猫用の缶詰を取りに帰り、また猫の所へ。
缶詰を皿に出したら、餓鬼の如く食らいついた。一気に食べ終え、まだ催促してくる。
近くのスーパーで缶詰を一つ買ってきて、与えたが今度は食べない。
少し時間が経ち落ち着いたので満腹感が出たのかもしれない。
健康状態はかなり悪い様で、病院で点滴してもらわないと長くはないかもしれない。
しかし、うちではもう猫は飼えない…。



12/28木

昼に、昨日の残りのご飯を持って神社へ。
猫はゆっくり歩ける様になっていた。良かった。
ご飯をあげると食らいついて一気に食べ終えた。

足元に擦り寄り、具合が悪い時の鳴き声で訴えてくる。

小学生の子供達が猫の様子を見に来ている。
彼らが世話をしてくれると良いのだが・・・。





12/29金

心療内科の通院日。自転車で強風の向かい風。
医師へ、何もしないで休んで居る時に心が苦しいと訴えたら、
心理学の超自我の話をしてくれた。
本来人間の精神には超自我は無く、ただの自我しか無かった。
しかし現代社会では、本来無かった学校、教師、会社、上司、社会が在り、
それらが超自我と成って意識にプレッシャーをかけてくると云う。


午後、缶詰を買って、神社の猫の所へ。
今日も塀の側で日向ぼっこして居る。
昨日までは無かった、首輪と鈴が付けてあった。
近くの子供達が世話をする事にしたのだろうか。
案の定、首輪がキツイ。これでは苦しい。緩めてあげた。
今日もご飯を一気にたいらげた。
胡坐をかいて、猫を抱き抱え、脚の上に乗せた。
猫はくつろいで休んだ。慰める様にして撫でた。
左脚が痺れてきたが我慢した。
十数分かしてギブアップ、猫を脚から下ろした。
帰る際も鳴いている。でもごめん、またね。




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