2020年 2月14日、メルセデスのニューマシン、「W11」が公開された。
この「W11」の写真は、F1通信を参照。 それでは以下、筆者の私見を記す。
フロントウイングの考え方は、昨年のメルセデスはフラップを全域に立てて最大ダウンフォース発生量を重視していたが、
今年はフラップ両端を寝かせ、アウトウォッシュ寄りの流し方となった。
フロントウイングのフラップを寝かせれば当然、フロントのダウンフォースが少なくなるし、
フォーミュラカーでフロントのダウンフォースを得る手段はフロントウイングで稼ぐ以外ほぼ無いと思うが、
しかし、車体のレイク角を強めると、フロントウイングが路面へ接近し、フロントのグランドエフェクトが増す。
よって、フラップ跳ね上げ量の減少分を、グランドエフェクトで補うかたちとなっていると考えられる。
ただしW11のフロントウイングは、全域がアウトウォッシュ方向ではなく、
フラップ内側は、車体内側へ気流を向ける形状となっており、これは車体底面のダウンフォース発生量に寄与する。
車体全体の気流の振り分け方のバランスを考えられた、丁寧な空力デザインに思える。
プッシュロッドを立たせる為にモノコック先端の幅が広い事から、ノーズコーンの後部は幅が広いが、(おそらく幅は 390mm)
これはノーズホールの排出口を幅広くできるメリットもある。
プッシュロッドのアップライト側取り付け位置を、キングピンよりも内側へ伸ばすと、
下図の様に、操舵時にライドハイト(地上高)に変化を与えられる。
(尚、下図では理解し易くする為に、車体を空間に固定したまま、操舵させ、プッシュロッドの移動を説明している。)
上図の場合、操舵するとプッシュロッドが車体から引き離され様とするので、結果的にライドハイトが下がる。
この作用は、プッシュロッドの、アップライト側取り付け位置と車体側取り付け位置を変える事によって、色々と動き方を設定できる。
(下図:キングピンを軸に、アップライトが回転すると、プッシュロッドが引き離される様子。)
この様な設計によって、車体を意図的にライドハイト変化させたり、ロール姿勢を作る事ができる。
ステアリングを大きく切る程にこの距離の変化が大きくなる為、
アンダーステアぎみとなりがちな低速コーナーで、フロントライドハイトを大きく低げたりもできる筈だ。
ただし、この機構を組み込む場合、パワーアシストステアリングは必須となる。
無理矢理ストローク作用をさせるので、とてもドライバーの力だけではとても操舵できないだろう。
ないとは思うが、もしも今後パワステが禁止される様な事があれば、
プッシュロッドのアップライト側取り付け位置は、キングピンと同軸にされるだろう。
尚、W11は今年もステアリングロッドをロワアームの前側にレイアウトしている。
現在、モノコック側面のクラッシャブルストラクチャーの規定は、下部と上部の2つの装着が義務付けられている。
サイドポッドのエアインテーク開口部の上側を、上部クラッシャブルストラクチャーとすると、
どうしてもサイドポッド上部前端が肉厚となり、そこで気流が上方に絞られ、サイドポッド上面でリフトが生じる。
そこで2017年からのフェラーリと、その後の多くの他チームは、
上部クラッシャブルストラクチャーをサイドポッドエアインテークの下端に位置させ、サイドポッド上面を薄くする事に成功した。
リフトが減ればダウンフォースが増す、というかリフト分にダウンフォースが奪われずに済み、空力効率が向上するのだ。
この手法に、今年のメルセデスは追随した。
W11の大きな特徴は、サイドポッドのトレンドをより推し進め、上面から側面にかけて極端にラウンドさせている事だ。
これで、サイドポッド上面の外側エリアの流速を低下させ、圧力が高まる。
アンダーカットで高速になった気流に作用し、間隙フラップの様にして気流を蹴っ飛ばす。これを極端な程に、W11ではアグレッシブに行っている。
他には、リヤウイング翼端板の上縁後部の切り欠きが、ギザギザの形状とされたのが目につく。
この利点は筆者はまだ理解していないが、CFDや風洞で効果が確認されたのだろう。
ドライバーは、昨年から引き続き、ルイス・ハミルトンとバルテリ・ボッタスのコンビだ。
昨日のテスト走行のオンボード映像から、メルセデスW11は走行中にドライバーの操作によって前輪のトー角を可変させている事が判明した(!)。
まずトー角が何の事かと説明すると、下の図となる。
(車体を上から見た図。上がフロントで下がリヤだ。)
一般的にクルマは、車輌の直進安定性を増す為にトーインがつけられる。
W11は、ストレート区間でドライバーがステアリングシャフトを後方へ引くと、トーインが増していた。
そしてコーナー進入時にステアリングシャフトを前方へ押し戻すと、トーがアウト方向に広がっていた。
これは何を意味するのか筆者が個人的に考察すると、
まず、走行中にトー角を意図的に可変させられるのであれば、
ストレート走行時にはトー角をゼロとして、走行抵抗を軽減させ、ストレート速度を向上させる事が思い浮かぶ。
しかし、メルセデスはストレートでトーインを増していた。
この事から考えられるのは、ストレート走行時に、前輪に負荷をかけ、熱を入れている可能性だ。
ストレート走行時はコーナリング中よりも走行抵抗が少なく、タイヤは空気で冷却されると思うが、
レーシングマシンのタイヤは、熱でタイヤ表面のコンパウンドを柔らかくさせ、路面へ粘着させる事でグリップを高めている。
この際、そのタイヤの仕様によって、最大のグリップを得る為に最適な温度領域がある。
作動温度領域よりも熱過ぎればタイヤのダメージとなり、冷た過ぎればコンパウンドは機能しない。
その為、メルセデスはストレートであえてトーインを増す事で、コーナーに向けて最適な熱入れをしているのかもしれない。
ステアリングを引けば、トーインが増す仕組みだ。
その機構のもう少し詳細な構造、筆者による想像図。
(ピンク色の丸はコイルスプリングの断面)
そして、キャスター角も考慮する必要がある。
筆者の思考実験が正しければ、キャスター角がついている場合、
両方のステアリングロッドを車体側へ引くと、フロントのライドハイトが低くなる。
F1車輌はダウンフォースを増す為にレイク角がつけられており、車体は前傾している。
ストレート走行時にトーインを増すと、更にハイダウンフォースの方向へ空力が作用してしまうのだが…。
可能性として考えられるのは、コース上で先行車を追い抜きする際に、
ドライバーはステアリングを前方へ押して、前輪をトーアウトさせ走行抵抗を軽減し、
同時にレイク角が減少する事でレスダウンフォースとし、ストレート速度を向上させる事も可能かもしれない。
ここで、何故、前輪がトーアウトだと走行抵抗が減少するかの説明が必要となるが、
F1ではネガティブキャンバーがつけられている為、トー角がゼロでも、前輪が進行方向よりイン側へイン側へ…と食い込む方向に作用する為だ。
これは小学校の校庭で中古タイヤを斜めに傾けて転がしてみれば判る。
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しかし、もし筆者のこれらの推測が当たっていた場合、この機構はドライバーの力だけで操作できるのだろうか?
もしかしたら、油圧式のパワーアシスト装置も組み込まれているかもしれない。
尚、メルセデスはこの走行中に前輪のトー角を可変させる機構を、
「DAS(デュアル・アクシス・ステアリング)システム」と呼んでいる様だ。
筆者は英語に無知なので、これがどういう意味なのか解らないのだが...。
このシステムの恩恵だけではないと思うが、この2日間のテストでメルセデスW11が非常に速い。
2014年からメルセデスは、マシン、チーム力、ドライバー、全てにおいて隙が無い様に思える。
獲るべくしてチャンピオンシップを制している感じだ。
新たなレギュレーションとなる来(2021)年まで、メルセデスの支配は続くのかもしれない。
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