F1ドライバーがブレーキとスロットルを同時に踏み込んでいた理由  text by tw (2016. 3.18金)

確かな年度は覚えていないが、ある時期から、F1GPのテレビ中継でリアルタイムに近いドライビングデータが表示される様になった。
前後と横のGフォースの大きさと、スロットルの開度と、ブレーキの踏み込み量、ギヤポジション、KARSやDRSのオンオフ等だ。
その情報が観られる様になって、筆者は何人かのドライバーが、ブレーキとスロットルを同時に踏み込んでいる事に気付いた。
このテクニックを最も多用していたのはミハエル・シューマッハであった様に思う。彼は当時フェラーリで走っていた。

またその頃、フェラーリの2人のドライバーのテレメトリー比較がF1誌に掲載された事もあった。
これも何年だったか覚えていないが、カナダのバックストレート前のヘアピンでの、ペダル踏み込み量についてであったと思う。
このデータでも、シューマッハはチームメイトよりも明らかにブレーキとスロットルを同時に操作していた。
具体的には、ストレートエンドでのフルブレーキング中にずっと、スロットルを少しだけ踏み込み、細やかにその開度を調整していた。

これは何をしているのだろう? 筆者も理解するのに少し時間がかかったが、これは前後ブレーキバランスを可変させるテクニックであると気付いた。

1990年代後半に、ブレーキング中に電子油圧制御で前後ブレーキバランスを可変させる技術をマクラーレン等が投入していたが、
これはやがてレギュレーションで禁止とされ、
機械式の手動調整であっても、ブレーキング中やコーナリング中に、前後ブレーキバランスを変更する事は許されなくなった。
その後、ブレーキとスロットルを同時に踏み込むテクニックが使われる様になったのではないだろうか。

このテクニックの具体的な内容はこうだ。
例えば、後輪駆動のマシンで、前後ブレーキバランスを50:50の配分としている時、
フルブレーキング中にスロットルを少し煽れば、結果的に前後ブレーキバランスはフロント60:リヤ40といった具合に変化する。
後輪では、ブレーキング中にエンジンの駆動力が加われば、その分、ストッピングパワーが低下するからだ。



ではここから考えを進める前に、マシンの挙動に関しての力学を確認しておこう。
タイヤのグリップ力は、前後方向と横方向に使われる。
前後方向が加速とブレーキングで、横方向がコーナリングに使われる力だ。

4つのタイヤのグリップ力をそれぞれ限界ギリギリまで使っていると制動距離を最も短縮できるが、
ブレーキング(前後方向)に100%のグリップ力を使っている時は、タイヤはコーナリングフォースを発生できない。
外乱要素から車体が横方向へ流れる事はあっても、タイヤ自身の力から車体をコーナリングさせる力は発生しない。
逆を言えば、この時は外乱要素から車体のリヤが横方向へスライドし始めたら、
カウンターステアを当てても、タイヤが横方向にグリップさせる力が余っておらずスピンアウトしてしまうという事だ。

前後ブレーキバランスがフロント0:リヤ100でフルブレーキングしている間は、最大のオーバーステアとなり、
前後ブレーキバランスがフロント100:リヤ0でフルブレーキングしている間は、最大のアンダーステアとなる。
これはブレーキング中のマシン挙動だ。
ブレーキ踏力を緩めれば、その分、タイヤのグリップ力はコーナリング(横方向)へ使う事ができる。

ブレーキング中はフロントへ荷重が加わっているのでオーバーステアを誘発できる(ターンインし易い)が、
コーナーへアプローチする際、
ブレーキを少しづつ弱めながら徐々にステアリングを切り込んでいくのか、
またはブレーキを一気に離すと同時に、素早くステアリングを切り込んでターンインしていくのか、
エンジニアとドライバーのコースの攻略法と、マシンのセットアップによってそれぞれ考え方が異なるだろう。



以上の要素を踏まえて、本題のブレーキとスロットルを同時に踏み込むテクニックに話を戻そう。
フルブレーキング時にスロットルを煽れば、後輪のストッピングパワーが低下し、前後ブレーキバランスが前寄りとなる。
それは元々の前後ブレーキバランスを、後ろ寄りにセットしておく事が可能となる事を意味する。

地上を走るクルマは、車体の重心高が路面より高い位置にある為、
制動時には、発生する荷重移動から、フロントの荷重が増し、リヤの荷重が減少する。
よって、4つのタイヤのグリップ力を最大に発揮し、制動距離を最短とする為には、
前後ブレーキバランスを前寄りにセットする必要がある。
しかし前寄りのブレーキバランスでは、ブレーキを踏んでいる間はアンダーステアの配分となってしまう。

そこで、ある程度ブレーキを踏みながらコーナーへターンインするのに最適な、
コーナリング理想値の後ろ寄りなブレーキバランスにセットしておき、
フルブレーキング時には、スロットルを操作してブレーキバランスを前寄りとし、制動距離を短縮する。
フルブレーキングとコーナーでの理想の前後ブレーキバランスを両立する、
これが当時のレギュレーション下で、最速の方法論だったのではないだろうか。

そしてこのテクニックの役割は少なくともあと二つある。
スロットル操作で前後ブレーキバランスを前寄りとするのは、ブレーキング時にアンダーステアを作り出せるという事だ。
これはブレーキを残しながらコーナーへ進入する際に、挙動の安定性をコントロールできるだろう。

もう一つは、後ろ寄りのブレーキバランスで、ブレーキング時に後輪がロックアップした際に、回転を直接回復させる事ができる。
左足のブレーキペダルは常に前輪のグリップ限界に合わせて踏力を調整し、
後輪がロックアップしそうになったらスロットルで調整する。
ただでさえ難しいブレーキング時に、これらは非常に高度なテクニックが必要となるが、
トップクラスのグランプリドライバーなら可能だったのであろう。

以上のテクニックの最大のデメリットは、燃料消費が多くなる事だが、
レース中の給油が許可されていた時代にマッチしたドライビングテクニックであったと言えそうだ。
近年のF1GPでは決勝レースでの給油は禁止され、搭載できる燃料量も制限されており、燃料消費効率が重要な要素となっている。

(このページの最新更新日: 2016. 3.18金)
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