「フロントサスのプロ ダイブについて」
テキスト&イラスト:筆者
Web公開日:2023年 9月19日(火曜)


F1GPは、昨(2022)年から現行のテクニカル レギュレーションとなったが、
このレギュが導入されて以来、レッドブル車のフロント サスのアッパー アームが、極端に後傾しており、現在もそうだ。
以下、簡単な図。判り易くする為にホイールベースを短く描いた。



こんなジオメトリーとすると、ブレーキング時に車体をノーズダイブさせようと作用する力が「増してしまう」筈なのに、何故???と筆者は思ったが、
現在(2023年)、他チームも続々と、フロントの極端な後傾アッパー アームの設計を追随してきている。

そして今(2023)年の6月頃(?)に、F1エンジニアであった方がこの件をSNSでコメントされており、
正式な技術用語ではないが、「アンチダイブ (Anti-Dive)」ではなく、逆の「プロダイブ (Pro-Dive)」と個人的に呼んでいる、との事であった。
という事で、筆者も最近「プロ ダイブ」という名称を使わさせて頂いている。

それでは以下、筆者による考察。(注:筆者はこれらの力学に無知な素人なので、図の線は想像です。
ブレーキング時に発生する力の方向を考察しています。)

普通クルマは、ブレーキング時に荷重移動が発生し、フロントが下がる方向へ力が加わる筈だ。
車を横から見て、「前後のタイヤの 路面との設置点」と「車輌の重心高」を結ぶ三角形の仮想の線。
ブレーキング時には、「この三角形の頂点」を減速のGフォースが前方へと押すので、フロントの荷重が増し、リヤの荷重が減少する。



車の技術の歴史的に、これを力学的に少しでも解消できないものか?と色々考えられてきて、
車を横から見て、もの凄く簡単に説明すると、サスアームの「取り付け角度」を以下の図の様に設計すれば・・・、


こんな感じに、サスが斜めにストロークする様に設計すれば、減速Gの前へ押す力が、上方向へ逃げる様に作用させられるかもしれない。

そして「アンチ ダイブ」というサスペンション・ジオメトリーが発明された。(下図)

(上図は、上向きの力の線をだいぶ極端に描いてしまったが、向きの概念として、判り易く極端に示した。)

このジオメトリーは「瞬間中心」の高さがポイントで、昔のF1マシンを観てみると、ロワアームを前傾とする事が、アンチ ダイブ作用に効果的と思われる。
もっと車輌の重心高が低ければ、アッパーアームは後傾となっても構わないし、実際そうであった。


上図の様なアンチ ダイブ・ジオメトリーが、昔のレーシング マシンの基本的な考え方(2005年より前の)であったと思うが、
2005年にマクラーレンがフロント サスに空力最優先の「ゼロ キール」を採用して以降からか、
F1エンジニア達は平気で「空力の為なら、フロント ロワアームが後傾でも構わない。もうアンチ ダイブ・ジオメトリーは優先事項ではない。」という雰囲気となっていった様な気が個人的にはする。
これは当時、筆者が単に空力優先だけの理由かと思って居たのだが、今よく考えると、もっと様々な要素が在ったのかもしれない。



では何故、昨(2022)年からのレッドブルと、今シーズンの多くのF1マシンのフロント サスは、アッパー アームを意図的に極端に後傾させているのか?

現在(2023年)、車輌オンボード映像で判る事は、
・フル ブレーキング時でも、フロントの地上高は、まるで上下動しない。(ピッチ方向へ、フロントサスが非常に硬い筈だ。バネ、またはダンパー、または両方。)

・しかし、低速域で縁石に乗り上げた際にはフロントもストローク(上下動)している。
 レギュレーション上、1994年からアクティブ(能動的)サスは禁止されている為、
 あくまでパッシブ(受動的)なバネとダンパーで構成されるサスである筈なのだが、何か他のデバイスが存在するのであろうか?

・と云うか、このシステムの構成上、ブレーキング時に、意図的にフロントサスにノーズダイブさせる力を加えたい様に思える(!)。

・以前はステアリングを操舵した際に、意図的に車体をロールさせる設計(プッシュロッドまたはプルロッドのアップライト側 取り付け位置がキングピンから離れた位置にある)であったが、
 現在ではあまりロールさせない方向となってきている。(←これは、ここ2年以内のレギュレーション変更で、オフセット距離の規制がなされている可能性もあるかもしれない。)
 メルセデスは2年程前からか、完全にフロントをロール ロックさせているのが、フロント ロッカーの形状で確認できる。アンチ ロール バーすら無いみたいだ。


…であるが、これらの事から筆者が想像するに、
◆2年前くらいから、レギュで一部の流体ダンパー(オイルだけでなく空気やガスを利用)が規制された様なので、ストレートでリヤの車高を落とすマジックが使い難くなった。
 しかし、少しでもストレート区間でリヤを落として気流をストールさせ誘導抵抗を減らしたい。では、どうすれば良いか?

そこで、
フロントのライド ハイト(地上高)は、空力性能の為に限界まで低くしたまま、ピッチ方向は ほぼ固定状況で走行し、
リヤ サスはエンジニアが計算して意図的なストロークを行う。(リヤがストロークするのもオンボード映像で確認できる。)

そもそもサスには「空力ダウンフォース量+車輌重量の垂直荷重を支える為の、最低限のバネの硬さ」は必要な筈で、
そのバネレートは実際に在って、リヤはダンパーがソフトなのだと想像できる。
(オイル・ダンパーは結構昔から、車速の低速域、中速域、高速域と、それぞれに減衰力を設定できるらしい。)

そのリヤとは逆に、今のフロント サスは、「空力ダウンフォース量+車輌重量の垂直荷重を支える為の、最低限のバネの硬さ」を全然超えた、意図的に超硬いバネとして、
フロント車高を固定し、リヤは意図的にストロークさせる。
これで、低速コーナーではレーキ角(車体が前へ傾く)が増し、空力的にアンダーステア傾向を減らす効果があり、
高速コーナーではレーキ角が浅くなり、空力的に弱アンダーステアにセットアップできる。(高速コーナーでオーバーステアだと非常に危険なのだ。)

(空力的な注釈:レーシング マシンに空力ダウンフォースが発生しているならば、それは空気力学上の誘導抵抗が発生しているからこそ、それがある。
 もし現在(2023年)のF1マシンに、まぁ超適当に、高速域で1.5トン〜2トンくらいの空力ダウンフォースを発生しているのならば、
 その巨大なダウンフォースを発生するに見合った、必要な誘導抵抗が発生していて、それが巨大な空気抵抗となる。
 なので、ダウンフォースの要らないストレート区間では、できるならばリヤの車高を落として、車体底面の気流をストール(剥離)させたいのである。
 あまりに狭い通路には、粘性のある空気は通過できないのだ。境界層も関係する。
 気流が剥離すればダウンフォースが激減するので、その分、空気抵抗(巨大な誘導抵抗)が非常に減るのだ。)

といった事が考えられるのだが、
最終的には、サスの内部ユニットの構造が外から観えないので未だシステムの概要が判らない…。というのが現在の筆者の正直なところだ。
今回はこんな稚拙なWebページとなってしまったが、読者の方々へ少しでも物理のヒントになれば幸いである。

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